人生丸ゴト握ッテ回ス (野口武彦著作データ)

野口武彦著作DBへようこそ。このページについて概要が知りたければ、このページに飛んでください。

2004-11-11江戸人の昼と夜

[][]基本情報

Title
江戸人の昼と夜
発行日
1984/8/30
出版社
筑摩書房

[][]目次

I プロローグ

II 武士的なるものの内景

  • 徂徠政治学の原点
  • 徂徠のアジビラ
  • 松平外記一件始末 ―化成期精神風土の一断面
  • 生きがいを見つけた旗本 ―遠山金四郎・太田蜀山人
  • 思想的党派者の悲劇 ―藤田東湖
  • 藤田東湖の死

III 江戸文学の光と闇

  • 江戸人の六つの夢
  • 自意識と癇癖 ―諷刺家(サタリスト)上田秋成
  • 酒鬼登僊 ―銅脈先生補伝
  • 源内の笑いと現代の笑い

IV エピローグ

[][]出だし

 心あてに見し夕顔の花ちりて尋ねぞわぶるたそがれの宿。これは誰あろうかの白河楽翁、江戸時代三大改革の一つ、寛政改革の大立者として幕閣に出馬した松平定信が、まだ若い頃に詠じた和歌の一首である。世に名吟のほまれ高く、ためにこの人物は「黄昏の少将」と称されたといわれる。

(中略)

 ここでは、松平定信という人物を中心に据え、その周辺にひろがる時代の断面図に浮かび上がるであろう精神状況から、いくつかの問題を拾い上げてみたい。これから用いる「武士的知識人」とは、以下いたって常識的に、時代の儒学教育を基礎とする学問知識を思考の枠組みとして使いこなせる武士といったほどの意味でこの言葉を用いることにしよう。だが、いま知識と呼んでいるものは、かならずしも武士が行政担当者として必須としている実務能力上の要件にとどまらない。そこには何かしら直接的有用性にはかぎられぬ余剰な一面があるのであって、所与の社会現実を抽象レベルで思念できるとともに観念的に遊離することもできるという知識人のまさに知識人性は、その特質に根をおろして、武士階層の間に身分の高下を問わず生育していたのである。

[][]感想

森鴎外は『高瀬舟』で、ちょんまげの時代に近代的自我を持った個人を描いたとして批判された。「近代的」かどうかは知らないが、個人の内面が社会や階級に括られない独立性を際立たせている人間を書いているときが、野口氏の筆が最も生き生きとしている瞬間ではないだろうか。

歴史上の人物は洋の東西を問わず、とかく鳥瞰的視点からマッピングされた歴史的ポジションという後世の色眼鏡からなかなか逃れられない。その色眼鏡の皮を一枚づつめくっていったときにどんな"人の生き様の深み"(ちょっと口幅ったい表現ですが)を見せてくれるか、が物書きの腕の見せ所。もって、題名の「昼と夜」に寓して語られる所の人間の精神の断面図、すなわち本書の主題である。ここで俎上にのっているのは、その「お坊ちゃま」の限界が淡々と語られる松平定信にしろ、近代日本の小説家と見紛うばかりの上田秋成にしろ、野口氏のお眼鏡に適った"曲者"ばかり。これは間違いなく「大人」の読む本であります。

ゲスト