人生丸ゴト握ッテ回ス (野口武彦著作データ)

野口武彦著作DBへようこそ。このページについて概要が知りたければ、このページに飛んでください。

2004-10-29近代日本の詩と史実

[][]基本情報

Title
近代日本の詩と史実
発行日
2002/9/20
出版社
中央公論新社
ISBN
4120033139

近代日本の詩と史実 (中公叢書)

[][]目次

I

  • 江戸の近代 ―石川淳『文林通言』を手がかりにして
  • 書字の幕末維新

II

III

ノンジャンル・ラディカルをめざして ―結びに代えて

[][]出だし

 人泣かせの文学用語が多いうちでも、「近代」は特に厄介である。

 「世界文学の上では、近代はポオから始まつて、ボオドレエルがこれを受け継ぎ、それがフランスの象徴主義に発展して最後にヴァレリイが近代といふものにその定義を与へた」―かつて吉田健一は『近代文学論』(昭和32年)の冒頭でこう語った。この批評家によれば、ヨーロッパの「近代」とは、すなわち「混乱」である。そして、こうした「近代」の把握は、その多くをヴァレリイの定義に負うている。

裏表紙にある「著者から読者へ」

 詩と史実は連続している。1995年の神戸の大地震の後、自分でも文章の書き方が変わったと思う。事物の洗礼を経たからである。詩といい、史実といい、同じ一つの世界の異なる切り口であると見る視野が開けた。

 そうした切り口から近代日本の文学的な事件現場のいくつかを再現して、この評論集にまとめてみた。

[][]感想

 「近代日本の文学的な事件現場のいくつかの再現」という切り口で集められた文章を収録した本書の概要は、巻末の小文「ノンジャンル・ラディカルをめざして」を一読してもらうのが一番確実だろう。著者は、江戸文芸の"随筆雑録"(これが何であるかは同文を読めばわかる)を現代に継承せんとしているようであります。"特定のジャンルによる束縛からいちばん自由なスタイル"と称するこの文章が、巷の凡百のエッセイから如何に遠いものであるかは、読者自ら熟読玩味していただきたい。

 各章の冒頭のいくつかを適当に拾い出してみる。

随筆とは、考証であった。(考証随筆の想像力)

「一番聞きたいことはね、……先生はいつ死ぬんですか」。

昭和四十五年(一九七〇)九月に発表された『獨樂』という短いエッセイは、その年の春の或る日の午後、三島由紀夫に一人の奇妙な訪問者があったことを記している。(幕末国学と三島由紀夫

サディズムという言葉の由来になったサド侯爵は、猥談が嫌いだった。(文学と精神分析

今ではもう忘れられた話題だが、一九六〇年代の初め頃、思想界にはわかるようでわからない言葉が三つあるというゴシップが流行ったものだ。吉本隆明の「大衆」、谷川雁の「原点」、それに橋川文三の「体験」だというのである。(戦後日本とロマン主義

明治の「め」の字は、めちゃくちゃの「め」。

明治の「め」の字はどう書くの。

たぶん山田風太郎のように「くノ一」と書くしかないのである。(文明開化という乱世)

詩と史実は連続している。(ノンジャンル・ラディカルをめざして)

上の文章の振幅の大きさが分ってもらえるだろうか。