人生丸ゴト握ッテ回ス (野口武彦著作データ)

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2004-12-19幕末パノラマ館

[][]基本情報

Title
幕末パノラマ館
発行日
2000/4/10
出版社
新人物往来社
ISBN
4404028555

幕末パノラマ館

[][]目次

  • 一 麻布一の橋の暗殺
  • 二 江戸の焼野原
  • 三 春の紅葉
  • 四 さまざまな徳川慶喜
  • 五 権力の奥座敷
  • 六 国芳えがく
  • 七 首を提げた通行人
  • 八 探索網の穴
  • 久 三田の解放区
  • 十 薩摩藩邸へ突入せよ
  • 十一 品川沖の海戦
  • 十二 蒸気船の回廊
  • 十三 1868年・神戸
  • 十四 技術情報のあけぼの
  • 十五 幕府海軍の夜明け
  • 十六 やつらの鉄砲はすごい
  • 十七 制高地点を確保せよ ―長州戦争・芸州口の戦闘
  • 十八 女子までが竹槍を ―長州戦争・大島郡の戦闘
  • 十九 海陸の激戦 ―長州戦争・小倉口の戦闘(上)
  • 二十 戒律の激戦 ―長州戦争・小倉口の戦闘(下)
  • 二十一 幕府軍目付、玉砕す
  • 二十二 長州勢は銃隊のみ
  • 十三 戦場風景あちこち
  • 二十四 英霊たちの帰還
  • あとがき

[][]出だし・あとがき

麻布一の橋から赤羽橋に向かう道は、昔は古川に沿って片方が柳沢侯の下屋敷、片側が草ぼうぼうの原っぱという景色だった。幕末の文久三年(1863)四月十三日の夕方、一の橋を渡って一、二間という場所に一人の立派な身なりの武士が斬られて倒れていた。頭を総髪にしていた首は半分断たれて落ちかかっていたという。その死骸は、当時浪士団を組織して攘夷運動に暗躍していた大物、清河八郎である。斬ったのは、後に京都見廻組の組頭になった佐々木只三郎ほか数名であった。(「一 麻布一の橋の暗殺」)

(中略)

 最初に何の構想も立てないのが主義であった。一章一章が独立した一場面であるような出来事をアットランダムに、いわば乱数表的に集めてきて、断片的な小事件の画面を連ねて全景を作るつもりだったのである。ところが始めてみたら、このパノラマは静止画像ではなく、場面ごとに動きがあった。一つの動きはかならず次の動きを呼び込むのである。

 平和な時代には、社会のさまざまな出来事はいっとき周囲に小波を広げるが、またすぐに元の平衡を取り戻す。いくつもの波紋が広がってはたがいに打ち消しあって静まるのが平時の常態である。

 ところが幕末がそうであったような危機の時代には、出来事はまったく違う動き方をする。幕末社会の水面はいったん波立ったら以前の平穏さを回復することはない。次から次へと連鎖反応を呼び、化学的な不可逆反応に似たプロセスを終局まで突き進まずにはいないのである。本書の二十四章もまたそのような流れに従っている。(「あとがき」)

2004-11-13太平の構図

[][]基本情報

Title
太平の構図(日本文明史 第6巻)
発行日
1990/12/20
出版社
角川書店
ISBN
4045217061

太平の構図 文明の成熟 (日本文明史)

[][]目次

プロローグ ―近世日本と徳川国家

第一章 凍結された軍陣 ―関ヶ原合戦から鎖国まで

  • 一 関ヶ原合戦と江戸開府
  • 二 幕府基本法の制定
  • 三 三代将軍登場
  • 四 「鎖国」は国を鎖ざしたか

第二章 元禄文化の光と影 ―前髪将軍と犬公方

  • 一 元禄文化への序奏
  • 二 綱吉政権成立前史
  • 三 八百八町と八百八橋
  • 四 徳治主義と法治主義

第三章 天下困窮と改革政治 ―正徳の治と享保改革

  • 一 家宣と家継 ―新井白石の政治力
  • 二 紀伊尾張
  • 三 享保改革断行
  • 四 「法治」国家の構想

第四章 早すぎた開国構想 ―田沼政治と寛政改革

  • 一 二つの「国益
  • 二 田沼政権の出現
  • 三 なしくずしの鎖国解体
  • 四 松平定信の登板

第五章 太平と退廃 ―大御所時代を論じて世直し一揆に及ぶ

  • 一 幕府台閣の停滞
  • 二 町人王国の出現
  • 三 経済の戦国時代
  • 四 塩賊の乱と蛮社の獄

第六章 江戸王朝の終焉 ―内憂と外患・最終ラウンドの攻防・幕府瓦解

あとがき

対談 江戸幕府の権力機構 (上山春平、野口武彦

年表

主要参考文献

[][]出だし

 「寛永の島原戦役以後殆ど二世紀の間といふものは、日本の国内に干戈の声が全く聞こえなかつた。単に内乱の跡を絶つたのみならず、一回の外戦をすら経験しなかつた。若し太平といふことが無戦争のみを意味するならば、徳川時代に於ける此の如き太平は、実に世界のレコードをなすべきものである。日本が此間(このかん)に、其文明の上に於て、莫大なる進歩をなし遂げたことは、当然と云はなければなるまい」

 ―これは名歴史家として知られる原勝郎が『足利時代と肖像画』と題して、つとに大正年間に書いた論文の冒頭である。この一節は、題名が示すとおり、足利時代、つまり室町政権の江戸時代に対する先駆性を述べるためのイントロダクションであるが、それはそっくりそのまま、本書がこれから取り上げようとしている江戸時代文明論の導入部としても通用しよう。

[][]感想

「日本文明史」の中の一巻。江戸時代の誕生から終焉までを辿った概観史。本の性格上浅くさくっと浚っているため、いつもの野口節があまり見られず消化不良。自分が歴史の専門家ではないことを再三強調されるは、あえて第三者の素人からどれほど面白い視野が描けるかを試みるとの宣言と見たが、この人の強みはあくまで、ディテールに踏み込んだときの知的興奮を誘うリズムにあり。教科書的紀伝体にうんざりしている高校生諸氏には、手垢のついた言葉を敢えて使うなら「大河ドラマ」としての江戸時代の魅力が味わえる一品かと。幕末の旗本が書いて発禁になった歴史書を案内役に使うあたりは相変わらずの手練手管。

やっぱり、この後に出版された『忠臣蔵』『荻生徂徠』のほうがずっと面白いと思うがどうでしょうか。

2004-11-12江戸文学の詩と真実

[][]基本情報

Title
江戸文学の詩と真実
発行日
1971/5/30
出版社
中央公論社

[][]目次

[][]出だし

 祗園南海、名は瑜、字は伯玉、南海はその号で他に蓬莱、鉄冠道人、湘運居などの別号がある。南紀和歌山の人、紀州徳川家に仕えた藩儒であるが、むしろ詩名をもって聞こえ、江村北海の『日本詩史』以来、新井白石、梁田蛻巌、服部南郭とならんで江戸有数の大家として知られる。また、池大雅に画法を伝えた南画の創始者のひとりとしても有名である。

 わたしは漢詩の専門家ではなく、日本漢文学の研究者でもなく、また美術の分野にいたってはまったくの門外漢という他はない。その不識をもかえりみず、わたしがあえて祗園南海を論じてみようと思い立ったのは、このひとりの文人儒者の生涯と作品とを通じて日本の近世社会における文学者の存在の意味を考えてみようという念願に発している。わたしはこの人物の探求をとおして江戸時代にあっては文学とは何であったのかの問題について考え、あわよくばそれを介して文学とは何かというわれわれにとって永遠に新しい問題に接近してゆく上での一つの視点を構築してみたいと思うのである。

[][]感想

最初の江戸文学論考。この時期(安保騒動の直後)に野口が江戸文学に託して語りたかった「詩と真実」を味わうべし。

後に『荻生徂徠』としてまとめられるケン園学派(字が出ない!)の領袖の一人であった太宰春台や、江戸後期文学を語る上で外せない太田南畝蜀山人に加え、畠中胴脈や祗園南海といったマイナーな文学者・儒学者が取り上げられている。太宰春台の堅物ぶりがユーモラスなのに比較して、蜀山人には案外冷たい(笑)論調になっているのが興味深い。

JasonBaistJasonBaist2017/01/25 04:18напечатать книгу киев http://wkrolik.com.ua/products/kalendari

2004-11-11江戸人の昼と夜

[][]基本情報

Title
江戸人の昼と夜
発行日
1984/8/30
出版社
筑摩書房

[][]目次

I プロローグ

II 武士的なるものの内景

  • 徂徠政治学の原点
  • 徂徠のアジビラ
  • 松平外記一件始末 ―化成期精神風土の一断面
  • 生きがいを見つけた旗本 ―遠山金四郎・太田蜀山人
  • 思想的党派者の悲劇 ―藤田東湖
  • 藤田東湖の死

III 江戸文学の光と闇

  • 江戸人の六つの夢
  • 自意識と癇癖 ―諷刺家(サタリスト)上田秋成
  • 酒鬼登僊 ―銅脈先生補伝
  • 源内の笑いと現代の笑い

IV エピローグ

[][]出だし

 心あてに見し夕顔の花ちりて尋ねぞわぶるたそがれの宿。これは誰あろうかの白河楽翁、江戸時代三大改革の一つ、寛政改革の大立者として幕閣に出馬した松平定信が、まだ若い頃に詠じた和歌の一首である。世に名吟のほまれ高く、ためにこの人物は「黄昏の少将」と称されたといわれる。

(中略)

 ここでは、松平定信という人物を中心に据え、その周辺にひろがる時代の断面図に浮かび上がるであろう精神状況から、いくつかの問題を拾い上げてみたい。これから用いる「武士的知識人」とは、以下いたって常識的に、時代の儒学教育を基礎とする学問知識を思考の枠組みとして使いこなせる武士といったほどの意味でこの言葉を用いることにしよう。だが、いま知識と呼んでいるものは、かならずしも武士が行政担当者として必須としている実務能力上の要件にとどまらない。そこには何かしら直接的有用性にはかぎられぬ余剰な一面があるのであって、所与の社会現実を抽象レベルで思念できるとともに観念的に遊離することもできるという知識人のまさに知識人性は、その特質に根をおろして、武士階層の間に身分の高下を問わず生育していたのである。

[][]感想

森鴎外は『高瀬舟』で、ちょんまげの時代に近代的自我を持った個人を描いたとして批判された。「近代的」かどうかは知らないが、個人の内面が社会や階級に括られない独立性を際立たせている人間を書いているときが、野口氏の筆が最も生き生きとしている瞬間ではないだろうか。

歴史上の人物は洋の東西を問わず、とかく鳥瞰的視点からマッピングされた歴史的ポジションという後世の色眼鏡からなかなか逃れられない。その色眼鏡の皮を一枚づつめくっていったときにどんな"人の生き様の深み"(ちょっと口幅ったい表現ですが)を見せてくれるか、が物書きの腕の見せ所。もって、題名の「昼と夜」に寓して語られる所の人間の精神の断面図、すなわち本書の主題である。ここで俎上にのっているのは、その「お坊ちゃま」の限界が淡々と語られる松平定信にしろ、近代日本の小説家と見紛うばかりの上田秋成にしろ、野口氏のお眼鏡に適った"曲者"ばかり。これは間違いなく「大人」の読む本であります。

2004-11-07江戸と悪 ―『八犬伝』と馬琴の世界

[][]基本情報

Title
江戸と悪 ―『八犬伝』と馬琴の世界
発行日
1992/2/28
出版社
角川書店
ISBN
4048833030

江戸と悪―『八犬伝』と馬琴の世界

[][]目次

曲亭馬琴論のためのディスクール(プロローグ)

  • 失われた原理を求めて
  • 船虫はなぜ殺されたか
  • 世界書物としての伝奇

曲亭馬琴論のためのディスクール(その一)

曲亭馬琴論のためのディスクール(その二)

  • 江戸の怪力乱神
  • 悪のひそむ市井 ―『兎園小説』と猟奇探究―
  • 江戸頓死くらべ ―江戸のタナトロジイをめぐって―

曲亭馬琴論のためのディスクール(エピローグ)

あとがき

初出一覧

[][]出だし

 「このことは一つの教訓的なアイロニイであるが」と、イギリスの思想史家アーサー・O・ラヴジョイが『現代の偉大な連鎖』という大著の中で書いている。

 「思想史にあっては、一つの世代が一思想傾向とかそれと同質の哲学的ムードとかのために導入する原理が、かえって予想外に、まるで反対の傾向の萌芽をはらんでしまっていることがよくある。潜伏していた含有成分が、逆にそれが奉仕しようとする時代精神(ツアイトガイスト)の破壊者になるのである」

 ラヴジョイの書中のこの章は、いみじくも『ロマン主義と充足(プレニチュード)の原理』と題されているが、このような教訓的アイロニイは、江戸時代の思想史のうちにもパラレルな精神現象として見出される。一つの原理の存在のあまりにもの強調が、かえってその不在をあからさまに示すことになるのである。

(中略)

 もしもわれわれが、馬琴のそんな観念的努力だけに問題を還元してしまったら、『八犬伝』世界の清濁あわせそなえた豊富さは眼に入ってこないだろう。『八犬伝』の架空の世界創造は、もちろん決して時代から孤立した現象ではなかった。いつどこでとは明確には指定できないが、いつかどこかで河床を変えた江戸精神史の流れと随所で交錯しているのである。

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